私が「ひょうたん」にはまった訳

初めてひょうたんを手にしたのは、母が亡くなった年の夏でした。
実家の物置を片付けていると、埃をかぶったひょうたんがひとつ、棚の奥から出てきました。形は少しいびつで、色も褪せていましたが、不思議と温もりを感じました。裏側には、小さな文字で「夏子へ」と彫られていました。母の名前です。
父に尋ねると、それは若い頃、母が自分で育て、乾燥させ、磨き上げたものだと教えてくれました。母は「形が不完全でも、それがそのままの美しさになる」とよく言っていたそうです。その言葉が、胸の奥に深く響きました。
それから私は、ひょうたんを育て始めました。芽が出るまでの静かな時間、実が膨らんでいく喜び、そして乾燥させるまでの忍耐。そのすべてが、母と過ごした日々を思い出させてくれます。
今、私の部屋には大小さまざまなひょうたんが並んでいます。それらは単なる飾りではなく、母から受け継いだ「不完全さを愛する心」の象徴です。ひょうたんを見るたび、私は母の笑顔と、あの夏の温かな風を思い出します。
匿名希望者様よりの寄稿

